このブログでは、学級経営や授業づくり、学校経営について発信しています。
ただ、私が本当に伝えたいのは、教育技術や実践そのものではありません。
教師の考え方です。
教師には、それぞれの個性があります。
子どもも違えば、学級も違う。
学校も、地域も、置かれている状況も違います。
だから、すべての場面で通用する一つの方法はありません。
同じ目的であっても、選ぶ手段は教師によって違ってよいと思っています。
むしろ、多様であることが教育の豊かさにつながると考えています。
一方で、私は「考え方」には、よりよい方向があると思っています。
例えば、
手段から考えるのではなく、目的から考えること。
子どもの成長を起点に、教師が判断すること。
体育祭や修学旅行など、すでに決まっている行事であっても、「どんな成長につなげたいのか」を考え直してから取り組むこと。
そうした思考は、教師の経験や個性に関係なく、磨き続けることができるものです。
私は、今の教育現場では、「何をやるか」に意識が向き過ぎているように感じています。
授業をやる。
行事を終える。
会議を進める。
やるべきことを確実にこなすことは、もちろん大切です。
しかし、それだけでは教師としての責任を果たしたことにはなりません。
その働きかけによって、子どもはどう成長したのでしょうか。
教師が本当に向き合うべきなのは、「自分が何をしたか」ではなく、「子どもがどう変わったか」だと私は考えています。
教師の仕事は、決められたことをこなすことではありません。
教材を教えることでも、行事を終わらせることでもありません。
子どもの成長を実現するために、その時、その子どもたちにとって最もよいと考える働きかけを選び続けることです。
そのためには、「何をやるか」だけではなく、「なぜ、その方法を選ぶのか」を問い続ける必要があります。
このブログでは、教育現場で実践してきたことを紹介しています。
しかし、それは「この方法を真似してください」という意味ではありません。
実践の背景にある判断や考え方を共有し、読んだ方が、
「自分なら、どう考えるだろう。」
と立ち止まり、自分自身の考え方を見つめ直すきっかけにしてほしいと思っています。
私は、教師一人一人の個性が生きる教育が好きです。
だからこそ、方法をそろえるのではなく、考え方を磨き続けてほしいと思っています。
教師の考え方が変われば、働きかけが変わります。
働きかけが変われば、子どもの成長が変わります。
その積み重ねは、保護者からの信頼につながり、学校の文化を育て、やがて社会を支える力になると信じています。
このブログが、そのために考え続ける場になってほしいです。