合唱コンクールが近づくと、選曲の話になります。
人気のある曲。
前年に優勝したクラスが歌った曲。
子どもたちが歌いたい曲。
賞を狙えそうな曲。
どれを選んでも構いません。
問題にしたいのは、曲そのものではなく、どう選ぶかです。
「人気だから」
「勝てそうだから」
「みんなが歌いたいから」
それだけで決めれば、選曲は単なる曲決めで終わります。
そして、その後の練習も、
「もっと声を出そう」
「音程をそろえよう」
「上手に歌おう」
となるだけです。
こだわりはなく、「上手く歌う」という曖昧でゴールのない活動が展開されることになるのです。
選曲の理由が、合唱へのこだわりになる
選曲に、自分たちの理由があれば、その後の練習が変わります。
ただ上手に歌うだけではなく、
自分たちは、この曲をこう歌いたい。
というものが生まれます。
選曲で共有した思いが、練習でのこだわりになり、本番で表したいものにもなっていきます。
結果もついてくるかもしれません。
少なくとも、自分たちで選んだ意味をもって歌い切ったときの満足感は絶大です。
そう考えると、選曲の前にやることがある
合唱コンクールを子どもたちの成長の機会と考えるなら、選曲も教育活動の一部です。
そう考えると、いきなり候補曲を並べるという手段はとるべきではありません。
まず、いろいろな合唱を見たり聴いたりする。
そして、
「どんな合唱をつくりたいのか」
「この合唱を通して、どんな学級になっていくのか」
などを考えるべきです。
さらに、自分たちの現状も見ます。
歌唱力、伴奏、練習期間、得意な子と苦手な子。
できていること、まだ足りないこと。
一人一人の思いも言葉にして共有します。
ここまで考えることで、
「自分たちは、こんな曲を選びたい」
という基準が生まれてきます。
その基準をもって、候補曲を聴く。
すると、
「この曲が好き」
だけではなく、
「この歌詞が自分たちに合っている」
「ここに挑戦することに意味がある」
「この曲なら、自分たちが目指す合唱を表せる」
という話ができます。
多数決だけで決めるものではない
最終的に多数決を使うことはあります。
しかし、最初から「一番人気の曲に決定」では、ここまで考えてきた意味が薄れます。
それぞれが選んだ理由を語る。
違う意見を聞く。
自分たちが決めた基準に戻る。
その過程で、自分の考えを変えることもあります。
何を選んだかだけではなく、何を基準に考え、どう決めたか。
こうして、選曲の理由が、その後の学級合唱のこだわりになっていきます。
勝てる曲でも、人気曲でも構わない。でも……
勝てそうな曲でも構いません。
人気曲でも、子どもたちが歌いたい曲でも構いません。
曲の種類を批判しているわけではありません。
勝つことを目指すのも当然です。
ただ、そこに、
「自分たちは、なぜこの曲を歌うのか」
という共通の思いがある。
そして練習や本番では、こんな思いをみんなで共有できます。
「僕たちは、自分たちのよさをこの歌詞に見出したからこの曲を歌い上げるんだ」
「私たちは、挑戦を続ける学級。だからこの難解な曲を自分たちが納得するまで歌いつくすんだ」
「語り合う僕たちに合うこの曲、掛け合いのところは、まさに僕らの学級そのもの。ここを聞いてほしいんだ」
合唱コンクールで子どもたちの成長を目指すなら、選曲の段階から、すでに教育は始まっています。
参考資料
Forbes, G. W.(2001)“The Repertoire Selection Practices of High School Choral Directors.” Journal of Research in Music Education, 49(2), 102–121.
Biggs, J.(1996)“Enhancing teaching through constructive alignment.” Higher Education, 32, 347–364.
Patzak, A. & Zhang, X.(2025)“Blending Teacher Autonomy Support and Provision of Structure in the Classroom for Optimal Motivation: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Educational Psychology Review, 37, 17.
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