「先生、次は何をすればいいですか。」
子どもから、こう尋ねられることがあります。
その子に考える力がないとは限りません。
教師が日頃から、一つ一つの行動を決め、細かな指示を出してきたために、自分で判断する必要がなかったのかもしれません。
教師が判断し、子どもが指示どおりに動く。
この方法なら、活動は速く、正確に進みます。
しかし、それを続けることで、子どもが状況を捉え、自分で判断する機会を奪っている可能性があります。
指示すれば、子どもは正しく動く
例えば、教室にある鞄を、次の授業までに廊下へ並べる場面を考えます。
「一班、立ちなさい」
「班長から順番に鞄を持っていきなさい」
「次は二班です」
と指示すれば、短時間できれいに並ぶでしょう。
しかし、このとき判断しているのは、すべて教師です。
- どの班から動くのか。
- 誰が声を掛けるのか。
- どのように並べれば混乱しないのか。
- 最後に誰が確認するのか。
子どもは、教師が決めたことを正確に実行しています。
一方で、
「次の授業までに、班ごとに鞄を廊下へ整えてください」
と伝えたら、子どもたちは、自分たちで判断することになります。
班長が声を掛けるかもしれません。
他の班と順番を相談するかもしれません。
最後に並び方を確認する子が現れるかもしれません。
教師が細かく指示したときより、時間がかかるでしょう。教師の想定どおりに進まないこともあります。
しかし、その過程には、子どもが状況を捉え、仲間と相談し、次の行動を判断する機会があります。
そのとき、誰が判断しているのか
組織論やマネジメント論では、「野球型組織」と「サッカー型組織」という比喩が使われることがあります。
参考:日本の人事部「サッカー型組織とは?」/PHP人材開発「野球型VSサッカー型」
野球型組織は、監督や上位者が具体的な指示を出し、それぞれが与えられた役割を果たす組織として説明されます。
サッカー型組織は、基本的な方針を共有した上で、一人一人が変化する状況に応じて判断する組織として説明されます。
ここで、野球とサッカーのどちらが優れているかを論じたいわけではありません。
教室でも、教師が状況を判断し、一つ一つ指示する場面と、目的や条件を共有した上で、子どもが状況に応じて判断する場面があります。
大切なのは、どちらか一方を選ぶことではありません。
この場面では、誰が判断することが子どもの成長につながるのか。
教師が、そのことを考えているかどうかです。
教師の明確な指示が必要な場面もある
教師が指示を出すこと自体が問題なのではありません。
- 安全に関わる場面。
- 子どもが初めて経験する活動。
- 基礎的な技能を身に付ける段階。
- 守らなければならない約束がある場面。
こうした場面では、教師が明確に判断し、指示する必要があります。
問題は、指示が必要な場面かどうかを考えず、教師がいつも判断し続けることです。
子どもが判断できることまで教師が決めてしまえば、活動は整って見えても、子どもが判断する経験は増えていきません。

何を教師が決め、何を子どもに任せるか
教師が何も決めず、すべてを子どもに任せればよいわけではありません。
子どもが適切に判断できるように、教師が示すべきことがあります。
- 活動の目的。
- 安全に関わる条件。
- 守るべき約束。
- 期限や使用できる時間。
一方で、子どもに任せられることもあります。
- どのような順番で進めるか。
- 誰がどの役割を担うか。
- どの方法を選ぶか。
- 途中で起きた問題をどう調整するか。
教師が目的や条件を明確にすることで、子どもは何を基準に判断すればよいかが分かります。
その上で、方法や順序を子どもに任せる。
教師は、子どもが判断できるように必要な条件を整え、判断する場面を計画的につくるのです。
子どもが指示を待つようになっていないか
教師が細かな指示を出せば、子どもは正しく動けるようになります。
しかし、正しく動けることと、自分で判断できることは同じではありません。
子どもがいつも教師の指示を待っているとしたら、教師は子どもだけを責めることはできません。
- 自分が判断しすぎていなかったか。
- 子どもが判断できることまで決めていなかったか。
- 子どもが判断する場面を、日常の中につくっていたか。
教師自身が問い直す必要があります。
教師の仕事は、子どもが指示どおりに動くようにすることではありません。
子どもが状況を捉え、自分で判断できるように働きかけることです。
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