暗記して発表した子を、どうほめるか
学年集会で、各学級の学級委員が、自分たちのクラスで頑張ってきたことを発表しました。
一組の学級委員は、メモを見ながら発表しました。二組、三組と続きます。
そして四組の学級委員であるA君は、何も見ずに発表しました。
担任は、A君に声を掛けました。
「何も見ないで発表できたね。すごいね」
「全部暗記したんだね。頑張ったね」
廊下を走った子を、どう注意するか
B君が、廊下を走っていました。
教師はそれを見つけて、
「廊下を走ってはいけません」
と注意しました。
B君は、ふてくされたような態度を見せました。
教師は、さらに強い口調で言いました。
「何をふてくされているんだ」
友達を注意した子を、どうほめるか
Cさんが、上履きのまま外へ出ようとしている友達に声を掛けました。
「上履きで外に出たらだめだよ」
教師はその様子を見て、Cさんをほめました。
「注意してくれてありがとう」
「きちんと注意できて、えらいね」
三つの教師に共通していること
暗記して発表した子をほめる。
廊下を走った子を叱る。
友達を注意した子をほめる。
どれも、学校ではよく見られる教師の関わりです。
しかし、これではだめです。
三つの教師は、子どもの言動だけを見て、その意味を決めています。
暗記したから、すごい。
走ったから、悪い。
注意したから、えらい。
しかし、教師はまだ、その子がなぜその行動を選んだのかを知りません。
A君は、なぜ暗記しようと思ったのでしょうか。
みんなの方を見て伝えたかったのかもしれません。
以前の担任に、発表は暗記するものだと教えられたのかもしれません。
友達から「すごい」と言われたかったのかもしれません。
メモをなくすことが心配だったのかもしれません。
ただ目立ちたかったのかもしれません。
同じ「暗記して発表した」という行動であっても、その元にある心の動きは違います。

理由を知らずに暗記したことをほめれば、A君は「暗記することに価値がある」と受け取るかもしれません。
B君が廊下を走った理由も分かりません。
友達と追いかけっこをしていたのかもしれません。
授業に遅れないように急いでいたのかもしれません。
具合の悪い子がいて、教師を呼びに行こうとしていたのかもしれません。
廊下を走ることは危険です。だから、その場で止める必要はあります。
しかし、なぜ走ったのかを知らなければ、その後にどんな言葉を掛けるべきかは判断できません。
Cさんが友達を注意した理由も分かりません。
友達が後で困らないように教えたかったのかもしれません。
学校のルールを大切にしていたのかもしれません。
教師にほめられたかっただけかもしれません。
相手に腹を立てていて、教師に叱られればよいと思っていたのかもしれません。
注意したという行動が正しく見えても、その元にある思いまで教師が認めたいものとは限りません。
教師が捉えるべきもの
教師が捉えるべきなのは、子どもの言動だけではありません。
その言動の元にある心の動きです。
A君には、
「頑張ったね。暗記したんだね。ところで、どうして暗記しようと思ったの?」
と聞けばよいのです。
「みんなの方を見て伝えたかったから」
と答えたなら、ほめるべきなのは暗記したことではありません。
相手を意識して、伝え方を工夫したことです。
B君には、走ることを止めた後で、
「どうして走っていたの?」
と聞けばよいのです。
友達のために教師を呼びに行こうとしていたのなら、
「友達を助けようとしたんだね。でも、あなたまでけがをしたら困る」
と伝えることができます。
危険であることを注意するのは同じでも、自分の思いを分かろうとした上で注意されたのか、事情を聞かずに叱られたのかでは、子どもの納得度は違います。
Cさんにも、
「どうして声を掛けようと思ったの?」
と聞けばよいのです。
友達が困らないようにと思って注意したのなら、その思いをほめることができます。
教師にほめられるためだったのなら、別のことを考えさせる必要があります。
相手を困らせたかったのなら、注意した内容が正しくても、その関わり方を指摘しなければなりません。
心の動きが分かれば、ほめることもできます。
指摘することもできます。
その子の成長につながる言葉を選ぶことができます。

言動の元にある心の動きを捉える
子どもの言動があったとき、
「どうして、そうしようと思ったの?」
「そのとき、どんなことを考えていたの?」
と聞いてみます。
教師に必要なのは、子どもの心を決めつけることではありません。
分かったつもりにならず、捉えようと努力することです。
何かをしたときだけではありません。
手を挙げなかった。
友達に声を掛けなかった。
係の仕事に参加しなかった。
何もしなかったことにも、心の動きがあります。
教師が表面に現れた言動だけを見ている限り、その子に掛けるべき言葉は選べません。
言動の元にある心の動きを捉えてほめれば、表面だけをほめるより、その子の心に深く届きます。
注意するときも、その子の思いを捉えてから伝えれば、指導への納得度は変わります。
子どもは、教師が自分の何を見ているのかを感じ取っています。
言動だけを見ているのか。
その奥にある思いや考えまで分かろうとしているのか。
「この先生は、自分の表面しか見ていない」
そう見透かされる教師であってはいけません。
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