子どもの組織を育てる教師は、前に出ない

以前、「担任は、学級のリーダーになってはいけません」と書きました。

教師が学級のリーダーになってしまうと、子どもが考え、判断し、学級を動かす機会を奪うことになりかねないからです。

これは、学級だけの話ではありません。

委員会活動、生徒会活動、部活動、行事の実行委員会など、学校にあるどの組織でも同じです。

教師がリーダーの役割を担い、活動を仕切ってしまえば、活動そのものは円滑に進むでしょう。

しかし、その陰で、子どもが組織を動かす機会は失われていきます。

目次

委員長がいるのに、教師が仕切ってしまう

委員会には、委員長と副委員長がいます。

そして、担当する教師がいます。

活動を滞りなく進めるための最も簡単な方法は、担当教師がすべてを仕切ることです。

委員会活動の時間が始まります。

教師が座席を指定し、子どもたちを座らせます。

「はい、委員長。挨拶をしてください」

挨拶が終わると、教師が話し始めます。

「今日の委員会では、三つのことをします。まず目標を決めます。次に、常時活動の当番を決めます。最後に、集会の役割分担をします」

活動内容も、進め方も、見通しも、すべて教師が示しています。

委員長に残された仕事は、司会と挨拶の号令を掛けることくらいです。

委員長は思うかもしれません。

「自分の役割は何だろう。自分はいなくてもいいんじゃないの」

部長が、教師の指示を伝えるだけになってしまう

部活動でも、同じことが起こります。

「先生、今日の練習は何をしますか」

「このメニューで進めてください」

教師が作ったメニューには、練習内容と時間が細かく書かれています。

部長は、それを部員に伝えます。

ところが、練習中に一年生が集中できず、適当なプレーを始めました。

そこへ教師が現れます。

「何をやっているんだ。もっと真剣にやりなさい。部長と副部長は、少し来なさい」

部長と副部長は注意を受け、部員を集めてミーティングをするように命じられます。

練習の最後には、円陣の中心に教師が立ちます。

教師が全体に話をし、挨拶をして活動が終わります。

このとき、部長はこう感じるかもしれません。

「自分は、先生の指示を伝える役なのだろうか」

教師が前に立てば、活動は簡単に進む

教師が組織のリーダーになれば、活動はスムーズに進みます。

当然です。

教師は大人であり、活動の経験もあります。

先の見通しをもち、話し合いを整理し、適切な指示を出すことができます。

子どもが迷っていれば答えを示し、活動が停滞すれば前に出て進めることもできます。

教師が自分で子どもたちを動かした方が、早く、確実で、失敗も少ないのです。

しかし、それでは、教師が組織を動かしただけです。

子どもは活動に参加していても、自分で考え、判断し、組織を動かしたことにはなりません。

委員長や部長、実行委員長という役職があっても、実際に活動を動かしているのが教師であれば、その子は教師の指示を伝える係になってしまいます。

教師の目的は、子どもの成長である

学校における活動の目的は、活動を滞りなく終わらせることではありません。

活動を通して、子どもを成長させることです。

活動を成功させるだけなら、教師が前に立つ方が簡単です。

一方で、子ども自身が、

「自分たちで考えた」

「自分たちで決めた」

「自分たちで動かした」

と実感できるようにするには、多くの働きかけが必要です。

事前に子どもと打ち合わせをする。

考えを引き出すために問い掛ける。

話し合いが進むように、発言と発言をつなぐ。

本番で活躍できるようにリハーサルをする。

活動後には、その子の働きを周りの子どもへ伝え、価値付ける。

教師が直接指示を出すよりも、はるかに手数が掛かります。

子どもの様子を見取り、その子に合った働きかけを選ぶ必要もあります。教師の力量も問われます。

それでも、教師は大変な方を選ばなければなりません。

教師の目的が、子どもの成長だからです。

学校の組織は、二層で考える

学校では、子どもだけに活動のすべてを任せることはできません。

学級、委員会、部活動、実行委員会など、どの組織にも担当教師が必要です。

安全を守り、学校全体との調整を行い、教育的な責任を負うためです。

学校の活動には、二層の組織があると考えることができます。

一つは、子どもたちの組織です。

もう一つは、その活動を支える教師の組織です。

大切なのは、この二つの組織の立ち位置です。

表に立つのは、子どもたちです。

子どもが考え、判断し、仲間に働きかけ、活動を進めます。

教師は、その裏側にいます。

安全を確保し、教師同士で調整し、活動の見通しを整える。必要に応じて子どもへ問い掛け、事前に打ち合わせをし、リハーサルを重ねます。

教師は何もしないのではありません。

むしろ、見えないところで入念に働きかけます。

教師の働きかけを、表に残さない

話し合いが進むように、教師が会話の流れを整えることがあります。

子どもの小さな発言を拾い、みんなが納得できる考えへとつなげることもあります。

必要であれば、子どもの考えが深まり、活動の目的へ近づくように問い掛けます。

それでも教師は、

「先生が考えた」

とは言いません。

「今の考え、いいね」

「その考えから、こんな活動ができそうだね」

と、子どもの発想として組織の中に広げていきます。

本番で堂々と話せるように、事前にリハーサルをすることもあります。

しかし、本番では教師は前に出ません。

活動がうまくいけば、周りの子どもに伝えます。

「今日の司会、格好よかったね」

「委員長がみんなの意見をまとめてくれたから、うまく進んだね」

「あの子が先のことを考えて準備してくれたから、困らなかったね」

教師の頭の中には、

「そうなるように働きかけたのは自分なのだけれど」

という思いがあるかもしれません。

それでも、そのことは表に出しません。

教師が自分の働きかけを手柄として回収すれば、子どもに残るのは、

「先生のおかげで成功した」

という記憶です。

教師が表に出なければ、

「自分たちで考えた」

「自分たちで決めた」

「自分たちでやり遂げた」

という実感が残ります。

これは、子どもをだますことではありません。

教師が成果を横取りせず、子どもに返すということです。

教師の目的は、子どもの成長です。

だからこそ、学校の組織は、子どもの組織と教師の組織の二層で考える。

そして、表は子ども、裏は教師という立ち位置を貫く。

教師が前に出て活動を動かすのではなく、子どもが自分たちで動かしたと実感できるように、見えないところから働きかける。

それが、子どもの組織に関わる教師の仕事なのだと思います。

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