競い合いを子どもの成長につなげる仕掛け方|教師は競争を何のために使うのか

子どもは勝ちたい。
教師も、自分の学級の子どもたちに勝ってほしい。

その感情は自然です。

運動会、球技大会、合唱コンクール、学級レク。学校には、勝敗のある活動がたくさんあります。

勝ちたいから、本気になる。
勝ちたいから、工夫する。
勝ちたいから、仲間と相談する。

競争には、普段とは違う子どもの姿が表れることがあります。

しかし、教師にとっては、「勝つこと」が最上位の目的ではないことを認識すべきです。

目次

監督は勝利に、教師は成長につながる条件に責任を負う

競技スポーツの監督は、勝利という結果に責任を負います。

だから、

「どうすれば勝てるか」

を中心に考えます。

どんな練習をするか。
誰をどこに配置するか。
どんな作戦を選ぶか。
試合中に何を修正するか。

勝利が最上位の目的なら、当然の働きかけです。

教師も同じように、

「どうすれば勝てる?」

と子どもたちに働きかけます。

ただし、教師の最上位にある目的は勝利ではありません。

子どもの成長と学びです。

だから教師は、勝つために本気で考える過程そのものが、子どもの成長や学びにつながるように「どうすれば勝てる?」と働きかけます。

自分たちで考える。
判断するための根拠をもつ。
誰かがアイデアを出し、誰かがそれに呼応する。
意見が違ったとき、折り合いの付け方を考える。
仲間を支える。

「どうすれば勝てる?」という働きかけの中に、こうした経験が生まれるように仕掛けるのです。

監督は勝つために仕掛ける。
教師は、勝とうとする過程に成長が生まれるように仕掛ける。

ここに大きな違いがあります。

勝つための工夫に、学びが生まれるように仕掛ける

例えば、学級対抗リレーの走順を決める場面です。

教師が速い順に並べることもできます。

速い子、遅い子を交互に並べることもできます。

しかし、それでは子どもたちが、決められた作戦を実行するだけになります。

「自分たちが納得できる走順は、どんな順番だろう」

と、誰かが言い出せるように仕掛けます。

ただ順番を決めるのではありません。

理由やポリシーをもって、子どもたちが走順を考える。

前半で流れをつくるのか。
大逆転のシナリオを描くのか。
バトンパスとの組み合わせを優先するのか。

答えは一つではありません。

勝つために本気で考える中で、

「なぜそう考えたのか」

を言葉にすることです。

その学級のこだわりを本番で実行できるように練習から取り組むのです。

「前半で流れをつくる」と決めたなら、本当にその流れをつくれているか。
「大逆転」を描いたなら、そのために何を磨くのか。
「バトンパスで勝負する」と決めたなら、理想にどこまで近づいたか。

こうして、勝敗とは別に、自分たちが決めたことをどこまで実現できたかという基準が生まれます。

さらに、一人の意見だけで決まらないように仕掛けます。

ここには、勝つための作戦づくりと同時に、学級の目指す姿づくりがあります。

だから、負けても「何も得られなかった」にはなりません。

逆に、勝っても、勝ったことしか残らなければ、何が良かったのかを自分たちで説明できません。

目立つ活躍だけで終わらないように仕掛ける

競争では、結果を出した子に目が向きやすくなります。

一番速かった。
得点を取った。
大きな声で仲間を引っ張った。

もちろん、それも一つの大事な姿です。

しかし、集団が動くときには、もっと多くの働きがあります。

練習の準備をする。
失敗した仲間に声を掛ける。
誰かのアイデアを拾う。
話し合いが止まったときに別の案を出す。
自分の役割を最後まで続ける。

教師は、そうした姿を偶然見つけるのではなく、そうした姿が表れるように仕掛けます。

例えば練習後に、

「今日、チームが前に進んだきっかけは何だった?」

「誰のどんな動きが、みんなの動きを変えた?」

と振り返る。

すると、子どもたちの視線も、速さや得点だけではなく、仲間の働きへ向かっていきます。

何を子どもたちの中に表したいかを考え、その姿が生まれるように仕掛けるのです。

本番では、仕掛けてきたものが表れる

本番になれば、教師も勝ってほしい。

応援もするし、勝てば一緒に喜び、負ければ一緒に悔しがる。

ただし、教師が見るべきものは、得点板だけではありません。

緊張している仲間に誰が声を掛けたか。
ミスが出た後、誰が動いたか。
劣勢になったとき、集団がどう反応したか。
作戦どおりにいかない場面で、どんな判断が生まれたか。
勝った後、相手にどんな態度を取ったか。

競争の前や途中で仕掛けてきたことが、本番でどんな姿として表れたのか。

教師は、仕掛けてきたことと、本番で表れた子どもの姿を結び付けて捉えます。

勝敗だけでなく、そこまで含めて競争を扱うからこそ、教育活動になります。

勝敗を、日常へつなぐ

競争は、結果が出たところで終わりではありません。

勝ったなら、

「何が勝利につながったのか」

負けたなら、

「何が足りなかったのか」

だけを話し合うのではありません。

「どんな工夫ができたか」
「誰の働きが集団を変えたか」
「自分たちは途中で何を変えたか」

という、本番までの道のりの方を主に振り返るように仕掛けます。

そして、その経験を日常へ戻すのです。

行事のときに声を掛け合えた。
大会のときに協力できた。

のであれば、日常でもできるはずなのです。

競争の中で生まれた、

考えること。
仲間とつながること。
役割を果たすこと。
支えること。
結果を受け止め、次を考えること。

それを、普段の学級生活へどうつなぐか。

そこまでが教師の仕掛けです。

競争が子どもを育てるわけではない

子どもは、本気で勝ちを目指していい。

教師も、勝ってほしいと願っていい。

ただし、教師が勝利に全振りしてしまえば、競争の教育的な可能性は小さくなります。

教師が最上位に置くのは、成長と学びです。

勝つために競争を使うのではなく、
勝とうとする活動を使って、子どもの成長が生まれるように仕掛ける。

競争そのものが子どもを育てるのではありません。

教師がその競争をどう設計し、どう働きかけるかで、子どもが経験するものは変わります。

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