「もっと生徒をよく見なきゃ」
「もっと生徒に寄り添わないと」
若い頃、先輩の先生からよく言われました。
もちろん、ずっと生徒を目で追いかければいいとか、物理的にそばにいればいいとか、そんな意味ではないことくらい分かります。
でも、具体的に、
子どもの「何を」よく見るのでしょう。
子どもの「何に」寄り添うのでしょう。
ここが分からなければ、結局は「なんとなくよく見る」「なんとなく寄り添う」ことになってしまいます。
教師の仕事は、子どもがよりよく成長していけるように働きかけることです。
だから、よく見る必要がある。
だから、寄り添う必要がある。
大切なのは、その先です。
何を、よく見るのか。
何に、寄り添うのか。
今回は、この二つを具体的に考えてみます。
子どもの「何を」よく見るのか
教師は毎日、子どもを見ています。
授業中の様子を見る。
休み時間を見る。
友達との関わりを見る。
係活動や行事での姿を見る。
もちろん、こうした姿を見ることは大切です。
しかし、たくさん見れば「よく見ている」ことになるわけではありません。
大切なのは、何を見るのかです。
その子がどこへ向かおうとしているのか。
今、どこにいるのか。
そして、そこへ向かってどう変化しているのか。
そこを見るのです。
たとえば、ある生徒が、
「後期には学級委員になりたい」
と言ったとします。
それなら、「なれるといいね」で終わらせない。
「どんな学級委員になりたい?」
「そんな学級委員になるために、どんな自分になっていきたい?」
そんな話をしながら、その子が目指す姿を具体的にしていきます。
目指す姿が見えてくると、教師が見るものも変わります。
以前は発言しなかった場面で、自分から意見を言った。
友達に声を掛けられるようになった。
任された仕事を最後までやり切った。
あるいは、
思うようにできなかった。
途中で投げ出してしまった。
一度できていたことが、またできなくなった。
一つ一つの行動だけを取り出して「よい」「悪い」と判断するために見るのではありません。
目指す姿と現在地を捉え、その間で起きている変化を見る。
これが、子どもの成長に働きかけるための「よく見る」です。

目指す姿があるから、現在地と変化が見える
教育には「形成的評価」という考え方があります。
形成的評価では、学習の途中で子どもの現在の理解や学びの状況を捉え、得られた情報を次の学びや指導の調整に生かしていきます。
この考え方は、子どもの成長を見ていくときにも重なります。
目指す姿が分からなければ、今の姿がそこへ近づいているのかも分かりません。
現在地が分からなければ、次にどんな働きかけが必要なのかも分かりません。
だから教師は、漠然と子どもを見るのではなく、
目指す姿、現在地、そして変化
を見る。
「よく見る」は単なる心構えではありません。
子どもの成長を支えるために、教師が身につけていく技術です。
子どもの「何に」寄り添うのか
では、「寄り添う」はどうでしょう。
これも、ただ子どものそばにいることではありません。
また、本人が言うことを何でも受け入れたり、本人が選んだことをそのまま応援したりすることでもありません。
大切なのは、
何に寄り添うのか。
寄り添うのは、その子が目指す姿へ向かって成長していく歩みです。
先ほどの「学級委員になりたい」という生徒も、ずっと順調に進むわけではありません。
思うようにできずに落ち込む。
なかなか行動に移せない。
途中で「やっぱり自分には無理だ」と思う。
そんなこともあるでしょう。
そのとき、
「学級委員になりたいって言っただろ。頑張れ」
と目標だけを押しつけても、成長を支えることにはなりません。
反対に、
「つらいなら、もうやめればいいよ」
とすぐに目標から遠ざけることも、寄り添うこととは違います。
目指していた姿を確かめながら、
「今はどこまで来ているのか」
「ここから、どんな一歩なら踏み出せそうか」
と一緒に考える。
本人が自分の力で次の一歩を選べるように支える。
それが、教師がする「寄り添う」です。
「よく見る」と「寄り添う」は両輪
「よく見る」と「寄り添う」は、別々のものではありません。
子どもの成長を支えるための両輪です。
子どもの目指す姿や現在地、変化を見ていなければ、その子に合った働きかけはできません。
そして、その子の歩みに寄り添って関わり続けるからこそ、新たな変化も見えてきます。
見るから、寄り添える。
寄り添うから、さらに見えてくる。
この二つを行き来しながら、教師は子どもの成長に働きかけていきます。
心理学の自己決定理論では、人が主体的に行動していくうえで、基本的な心理的欲求として「自律性」「有能感」「関係性」が重視されています。
教師が子どもの行動をすべて決め、教師の望む方向へ引っ張っていくのではありません。
本人が目指す姿を大切にしながら、その現在地を見取り、本人が次の一歩を選べるよう支えていく。
「よく見る」「寄り添う」という教師の働きかけも、最終的には、
子どもが自分の力で成長していくことを支えるため
にあるのです。
「何を」よく見て、「何に」寄り添うのか
若い頃に先輩から言われた、
「もっと生徒をよく見なきゃ」
「もっと生徒に寄り添わないと」
という言葉。
今振り返ると、その言葉の奥には、こんな意味があったのではないかと考えています。
教師なんだから、子どもが育つことにもっと働きかけなきゃ。
そのために、もっとよく見なきゃ。そして、寄り添わなきゃ。
ただ、当時の私は、「何を」「何に」まで分かっていませんでした。
今なら、こう言えます。
よく見るのは、その子が目指す姿と現在地、そして、そこへ向かう変化。
寄り添うのは、その子が目指す姿へ向かって成長していく歩み。
すべては、子どもがよりよく成長するために、教師がどう働きかけるかということです。
「よく見ること」と「寄り添うこと」は、そのための二つの技術です。
さて、
子どもの「何を」よく見て、
子どもの「何に」寄り添えばいいのか。
少し、見えてきたでしょうか。
これからは、ただ漠然と「子どもをよく見よう」とするのではなく、
「この子は、どこへ向かおうとしているんだろう」
「今、どこにいるんだろう」
「どんな変化が起きているんだろう」
と考えながら、子どもを見てみてください。
そして、その子が自分の力で次の一歩を踏み出せるように、その歩みに寄り添っていきましょう。
参考文献
Black, P. & Wiliam, D.(2009)“Developing the theory of formative assessment.” Educational Assessment, Evaluation and Accountability, 21, 5–31.
Ryan, R. M. & Deci, E. L.(2000)“Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being.” American Psychologist, 55(1), 68–78.
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