不要物とさようなら!宿泊研修・修学旅行で「禁止です」だけでは足りない

宿泊研修や修学旅行の前には、持ち物についての指導があります。

「スマホは禁止です」
「ゲームは持ってきません」

禁止すること自体に問題はありません。

問題は、それを伝えれば子どもは持ってこない、指導は終わったと思ってしまうことです。

全体集会で伝える。
学級でも確認する。
子どものリーダーからも「不要物を持ってこないようにしましょう」と呼びかける。

それだけで、子どもの「持っていきたい」という気持ちが消えるわけではありません。

隠して持ってくる子がいても、何も不思議ではありません。

目次

子どもは「持っていきたい」と思っている

スマホを持っていきたい。
ゲームを持っていきたい。

そう思う子はいます。

一方、学校では持ち込みを禁止している。

ここが出発点です。

「禁止です」と言われても、「持っていきたい」という気持ちは消えません。

そこを無視すれば、

「持っていかない方がいい」

ではなく、

「どうすれば見つからないか」

という発想にもなります。

「言ったのに持ってきた」と子どもを叱る前に、教師は、この子どもの心を見ておく必要があります。

禁止には、禁止するだけの理由がある

学校が何かを禁止するなら、そこには理由があるはずです。

ところが、教師自身がその理由を十分に理解しないまま、

「決まりだから」

で終わることがあります。

まず教師自身が、

「なぜ禁止なのか」
「本当に禁止する必要があるのか」

を確認します。

スマホを禁止する理由も、一つではありません。

宿泊行事でしかできない活動や仲間との交流を十分に味わうためかもしれない。

高価な物の紛失、破損、盗難を避けるためかもしれない。

持っている子と持っていない子の違いから、不公平感が生まれることを避けるためかもしれない。

「宿泊行事だから買わなければならない」という家庭の負担を生まないためかもしれない。

撮影やSNSへの投稿によるトラブルを防ぐ意味もあります。

理由は、学校や行事によって違っていい。

大切なのは、禁止する合理的な理由があるかどうかです。

合理的な理由が見つからないのなら、その禁止自体を見直せばいい。

禁止する必要があると判断したのなら、その理由を教師自身が言葉にできるところまで理解する。

そして、その意味が子どもにも伝わり、「持ってこない方がいい」と自分で判断できるように関わります。

自己決定理論に基づく学校教育の研究でも、生徒の視点を理解すること、要求や制限には理由を示すこと、統制的な言葉に頼らないことが、自律性を支える教師の関わりとして示されています(Reeve & Halusic, 2009)。

禁止することと、子どもの主体性を大切にすることは矛盾しません。

一例として、こんな働きかけ

では、その理由をどう伝えるのか。

ここから先の手段は何百通りもあります。

私なら、例えばこんな話をします。

「ディズニーランドに行くのに、退屈すると困るから漫画を10冊持っていく?」

子どもたちは笑うでしょう。

せっかくディズニーランドへ行くなら、そこでしかできないことを楽しめばいい。

宿泊行事も同じです。

スマホもSNSも、家に帰ればできます。

でも、このメンバーで行く、この宿泊行事は一度きりです。

一人でSNSを見る。
家でもできるチャットをする。

それとも、みんなで散歩する。
夜に友達と話す。
肝試しをする。
その場所でしかできない活動を、仲間と全力で楽しむ。

どちらを選ぶ方が得なのか。

スマホを持っていきたい気持ちはあっていい。

その上で、

「持っていきたい。でも、持ってこない方が自分には得だ」

と分かれば、「禁止だから仕方なく守る」とは違います。

自己制御の研究では、目の前に魅力的な選択肢があっても、自分が長く大切にする目標に思考・感情・行動を合わせることが、自己制御として捉えられています(Duckworth et al., 2019)。

そこに至る手段は、一つではない

もちろん、この話し方だけが正しいわけではありません。

手段は何百通りあっていい。

子どもも違う。
教師も違う。
行事も違う。

大切なのは、子どもの「持っていきたい」という気持ちを無視しないこと。

そして、禁止するなら、なぜ禁止するのかを教師自身が理解すること。

その意味が子どもに伝わる手段を、その子どもたちに合わせて選びます。

「全体集会で伝えた」ことが成果ではありません。

子どもが禁止の意味を理解し、自分から守る方を選ぶ。

そこに近づいているかを見るべきです。

教師が教えるべきなのは、その先です

社会には、たくさんの禁止があります。

進入禁止。
20歳未満の飲酒や喫煙。
法律やさまざまな社会のルール。

禁止には、それぞれ理由があります。

自分に危険があるのかもしれない。
他の人に不利益が及ぶのかもしれない。
みんなが安心して生活するために、共通のルールが必要なのかもしれない。

もちろん、合理的な理由がなくなれば、ルールそのものを見直すことも必要です。

だから、

「見つかったら困るから守る」

ではなく、

「禁止されているのには理由がある。その理由は何だろう」

と受け止められる人になってほしい。

理由が分かれば、

「禁止だから仕方なく守る」から、「自分や周りの人にとって、守る方がいいから守る」へ変わります。

宿泊行事の不要物指導も同じです。

禁止を伝えて終わるのではなく、その意味を理解し、自分から守る方を選ぶ。

教師が教えるべきなのは、そこです。

参考資料

Reeve, J. & Halusic, M.(2009)“How K-12 teachers can put self-determination theory principles into practice.”

Duckworth, A. L., Taxer, J. L., Eskreis-Winkler, L., Galla, B. M. & Gross, J. J.(2019)“Self-Control and Academic Achievement.”

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