教師の働きかけは、目立つ貢献をする子の方に偏りがちです。
実行委員長が、全校の前で立派にスピーチをする。
教師は一緒に準備し、声をかけ、本番を見守る。終われば、その頑張りや成果が仲間にも伝わるように働きかけます。
それ自体に問題はありません。
問題は、目立つ貢献にはそこまで働きかけるのに、目立たない貢献には、同じように働きかけていないことです。
仲間が力を発揮できるように支える。
誰かが困っていたら、さりげなく手を貸す。
誰も見ていなくても、落ちているゴミを拾う。
代表の子が話しているとき、静かに聞き、うなずく。
こうした姿を「いい子だな」と教師だけが感じて終わってしまうことがあります。
それでは、教師が十分に仕事をしたとは言えません。
「動かない」ことも、貢献している
貢献というと、何かを「する」姿を考えがちです。
しかし、動かないことで集団を支えている子もいます。
例えば、いつも人の話を静かに聞いている子です。
たくさん発言するわけではない。みんなをまとめるわけでもない。
ただ、話している人の方を向き、黙って聞き、ときどきうなずく。
その姿は、間違いなく集団を支えています。
逆を考えれば分かります。
誰かが話しているのに後ろを向く。
隣の人とおしゃべりをする。
相手の話を聞かず、自分の意見だけを押し通す。
話し合いの流れを壊すような発言を繰り返す。
そんな人が何人もいれば、話す人は話しにくくなり、互いの考えを受け止めることも難しくなります。
静かに聞いている子は、何もしていないのではありません。
誰かが安心して話せる場をつくり、その人が力を発揮することを支えています。
前に出ることだけが、集団への貢献ではありません。
教師が「活躍」を、発言した、代表になった、結果を出した、といった分かりやすい姿だけで捉えていたら、こうした貢献は見えなくなります。
目立たない貢献をする子が育つ条件をつくる
目立たない貢献を、「もともとそういう性格の子がするもの」として偶然に任せてはいけません。
教師は、目立つ貢献をする子には積極的に働きかけます。
役割をつくり、挑戦を促す。うまくいかないときには支える。頑張った姿を仲間にも伝える。
目立たない貢献についても同じです。
誰かのために動く機会をつくり、その子の姿を支え、その貢献が本人や仲間にも伝わるようにする。
これは、いくつかの方法を順番に行えばよいという話ではありません。
教師が、何を意味のある行動として扱うかという話です。
教師が目立たない貢献を意味のあるものとして扱えば、それをしている本人にも、周囲の子にも意味が伝わります。
その経験を重ねる中で、目立たなくても人や集団のために貢献する子が育っていきます。

ベンチにいた生徒
野球部に、試合にはほとんど出ない2年生がいました。
3年生から頼まれ、毎朝早く来てバッティングピッチャーを務めていました。放課後にも3年生の練習を手伝いながら、自分自身の練習にも取り組んでいました。
最後の大会が終わった後、3年生たちが彼に感謝を伝えました。
毎日投げてくれたから打てるようになった。
自分たちの成長を支えてくれた。
ひた向きに練習する姿から、自分たちも刺激を受けていた。
彼自身は、自分がそこまで仲間の役に立っているとは思っていなかったようです。
「自分が努力していることを認めてもらえたのがうれしい。それが誰かの役に立っていたことは知らなかった」
そう話しました。
ここで起きたのは、単に「ベンチの選手が褒められた」ということではありません。
自分が続けてきたことと、仲間の成長や喜びがつながったのです。
自分の行動には、誰かにとって意味があった。
そのことを本人が知りました。
誰かの役に立ったという実感
学校教育では、この感覚を「自己有用感」という言葉で捉えています。
文部科学省の『生徒指導提要』では、「他者のために役立った」「認められた」という実感を自己有用感と結び付けています。また、学級を、互いに認め合い、励まし合い、支え合える集団にしていくことを、生徒指導の基盤として示しています。
国立教育政策研究所も、自己有用感を、人の役に立った、人から感謝された、人から認められたという、他者との関係の中で生まれる自己評価として説明しています。
教師が一方的に褒めて、自信をつけさせるという話ではありません。
実際に誰かの役に立ち、その意味が自分にも返ってくる。
その経験によって、
「自分も、この集団の役に立っている」
という実感が生まれます。
だから、教師だけが目立たない貢献を見つけて満足していても足りません。
その貢献が本人や仲間にも伝わることで、目立たなくても誰かのために貢献する子が育っていきます。
「先生から褒められた記憶がない」
以前、
「私は、中学3年間で先生から褒められた記憶がない」
という人に会いました。
学級委員になるような生徒ではなかった。
勉強も得意ではなかった。
おとなしく、目立つタイプでもなかったそうです。
その人の中学校生活を見ていたわけではありません。
本当にどんな3年間だったのかは分かりません。
黙って人の話を聞いていたかもしれない。
困っている友達を支えていたかもしれない。
誰も見ていないところで、集団がうまく動くように行動していたかもしれない。
そうした姿が実際にあったかどうかは分かりません。
ただ、教師が目立つ貢献にしか光を当てていなければ、目立たない貢献をする子が育つ条件は弱くなります。
目立つ貢献には、もともと光が当たりやすい。
だからこそ教師は、目立たない貢献にも意識して光を当てる。
見つけるだけではありません。
そういう貢献をする子が育つように働きかけ、その姿を支え、仲間にも伝わるようにする。
「自分も誰かの役に立っている」
そう実感できる子を増やしていく。
そこまでが、人と組織が育つように教師が働きかける仕事です。

参考資料
文部科学省『生徒指導提要(改訂版)』令和4年12月
国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター『生徒指導リーフ Leaf.18 「自尊感情」?それとも、「自己有用感」?』
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